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| 公用語 | 琉球語・日本語・英語 |
| 首都 | 那覇市 |
| GDP]] | 9億8530万ドル (1970年) |
| 一人当たり 国民所得 |
907ドル (1970年) |
| 統治開始 統治終了 |
1945年以降随時 1972年5月14日 |
| 通貨 | USドル |
| – [[サマータイム>DST]] |
UTC]] +9 なし |
目次
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第二次世界大戦末期の1945年3月末から、アメリカ軍は沖縄諸島の各地に上陸を開始した。アメリカ軍は4月1日に沖縄本島に上陸し、そこの防衛にあたっていた日本軍と地上戦を繰り広げた(沖縄戦)。アメリカ軍は上陸時に、占領地の軍政機関として琉球列島米国軍政府を設立した。
6月に入ると日本軍は組織的抵抗が不可能となり、沖縄本島と幾つかの島嶼はアメリカ軍によって占領された。日本が降伏を表明した8月15日に沖縄の統治機関としてアメリカ軍と住民の協同組織『沖縄諮詢会』が設置された。1946年(昭和21)2月には、米軍が占領しつつも日本の主権が認められていた奄美群島も、鹿児島県から切断されて沖縄の軍政当局下に置かれた。
アメリカは当初、沖縄(琉球)は日本の帝国主義に支配された異民族であると認識しており、朝鮮半島と同じく国際連合による信託統治期間を設けた上で、日本から分離独立させることを計画していた。軍政もそのための準備段階として捉えられていたのであるが、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による日本占領期間中、ソビエト連邦を中心とした共産主義国との冷戦が意識されるようになり、琉球を信託統治にした場合、軍用地を自由に接収できなくなるほか、国連へ統治の実態の報告を毎年義務付けられているなど、ソ連と対抗し、沖縄を共産主義の防波堤として利用するには不都合であった。そこで、独立を前提とした信託統治計画を取り下げ、日本の潜在的な主権を認めつつ、軍による統治の形態をとることとした。そして、従来の軍政機関である琉球列島米国軍政府を琉球列島米国民政府に改組した。
アメリカ軍は日本軍の旧基地を獲得していたが、さらに演習地や補給用地、倉庫群などの用地として、次々に住民の土地を強制的に接収していった。これらの様子は「銃剣とブルドーザーによる土地接収」として例えられ、アメリカ軍の強権の代名詞となった。
なお、与論島以北の奄美群島は1953年(昭和28年)12月25日に日本に返還された。このとき、米軍は「日本へのクリスマスプレゼント」だと冗談交じりに自画自賛していたという。しかし、奄美から沖縄本島へ労働に来ていた人々は「日本人」と言うこととなり、パスポートの所持の必要、公務員からの追放が行われるなど、いくつかの副作用がもたらされた。
特に、第3代のキャラウェイ中将の統治は、「琉球」を多用して沖縄住民のナショナリズムを刺激して日本との分離政策を推し進めたり、強権を発動したりと、「キャラウェイ旋風」と呼ばれた。
沖縄諸島は1972年(昭和47年)5月15日に日本へ返還され、沖縄県が復活した。
琉球政府の長は行政主席で、初期の頃は米国民政府が直接任命していたが、後に立法院の意向を反映した任命に変わり、最終的には直接選挙制に移行した。任期は特に定められていなかったが、公選制導入時に3年となった。
立法院(議会)は一院制で、約30議席を20歳以上の琉球住民による直接選挙で選出した。任期は2年(後に3年)である。
琉球政府章典によると、その範囲は「北緯28度東経124度40分の点を起点として北緯24度東経122度、北緯24度東経133度、北緯27度東経131度50分、北緯27度東経128度18分、北緯28度東経128度18分の点を経て起点に至る線の内側」とされた。
日本本土との往来は、パスポートが必要となるなど制限が行われた。しかし日本本土との経済圏が分離されたことで、地元の企業が多数設立されることになった。(戦前は他府県人の企業が沖縄県経済を牛耳っていた。)
また、アメリカ軍の基地が多数設置されたことにより、基地における雇用が確保された面もある。
当時の主要産業は製糖業とパイナップル産業で、観光業は現在ほど盛んではなかった。当時の観光は戦跡を巡る慰霊目的の観光が多く、現在のようなリゾート目的の観光は余り盛んではなかった。
高等学校は、政府立学校が39校、私立学校が4校あった。
| 日付 | 名称 | 備考 |
|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | 本土の元日と同一日 |
| 1月15日 | 成人の日 | 本土の成人の日と同一日 |
| 春分日 | 春分の日 | 本土の春分の日と同一日 |
| 4月1日 | 琉球政府創立記念日 | |
| 4月29日 | 天皇誕生日 | 天皇誕生日]]と同一日 |
| 5月3日 | 憲法記念日 | 本土の憲法記念日と同一日 |
| 5月5日 | こどもの日 | 本土のこどもの日と同一日 |
| 5月第2日曜日 | 母の日 | |
| 6月23日 | 慰霊の日 | 沖縄戦終結の日 |
| 旧暦7月15日 | お盆の日 | |
| 9月15日 | としよりの日 | 本土の敬老の日と同一日 |
| 秋分日 | 秋分の日 | 本土の秋分の日と同一日 |
| 10月の第2土曜日 | 体育の日 | |
| 11月3日 | 文化の日 | 本土の文化の日と同一日 |
| 11月23日 | 勤労感謝の日 | 本土の勤労感謝の日と同一日 |
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